今日は私の歴史も含め、この20年の「ライティングの変遷」を語ろうと思います。
1.養成講座からすぐデビュー
日々夜中まで働く修業時代
私は2002年「いつか通いたい」とずっと持っていた「ケイコとマナブ」の切り抜きを手に、ある講座に申し込みました。
それが「ライター養成講座」。
過去にもライターを目指したこともありますが、地方だったからかギャラが安いということを聞いていて、迷っていました。
また、ライターになるには大手の出版社に行かないとダメ、と思っていたのもありました。
ところが、当時ライターとして活躍されていた笠原真澄さんの「怒濤のライター志望」の中に「編集プロダクションはいつも人が足りていないし、ガッツさえあれば学歴も関係ない」という一文が。
それなら私もできるかもしれない、と機会をうかがっていたのです。
今でこそライター歴20年です、なんて偉そうにいっていますが、当時30前だった私は、やる仕事やる仕事全く続かず、中には2週間で辞めた会社も。
「こんなに続かないなら、死ぬ前にやっておけばよかったと後悔しない仕事をやろう」
と思った時に、迷わずライターを選びました。
そして、ケイコとマナブに「ライター養成講座」という学校があるのを見付けたのです。
記事には「東海ウォーカーにすぐにデビュー」という文字がありました。
そして、忘れもしない2002年のGW、ゴルフの打ちっぱなしに行くという母になんとなくついていき、喫茶店で東海ウォーカーを見付け「もう夏頃にはここに自分が書いた記事が載るのか」と、とても嬉しかったことを覚えています。
その後ライター講座で実践を学び、お昼は学校に行き、夜は学校を運営している編集プロダクション(出版社の下請けのような会社)でバイトをし、毎日鬼のように働きました。
すぐにデビューの日は来ました。なぜなら「人が足りない」から(苦笑)
笠原さんの言われていたことは本当でした。
働きすぎて真っ直ぐ歩けなくなった時もあります。
おなじ受講生&バイトの18歳の子に電話応対を教えながら「なぜバイトの私がやるんかい?」と思ったり、
社長は20代の生徒には広告代理店などを紹介するのに、私には「増田さんは30過ぎてるから無理ね。自分でフリーで頑張って」と言われて、そんなあ~とがっかりしたり。
でも、少しずつ自分の書いたものが記事になり、編プロでも仕事を任せてもらい、作品ができました。
そして運良く、当時はまだ珍しかったSNS繋がりで「僕の友達が編集プロダクションに勤めていて、人が足りないと言ってるから行ってみたら?」と言われ、ためた作品を持っていったのが、その後10年以上お世話になる、名古屋でも大きな編集プロダクションさんでした。
そこでもたくさんの経験をさせてもらいました。
今もお付き合いのあるカメラマンさんもいます。
人気雑誌で経験を重ねたある日、
webライターへのきっかけが到来
前置きが長くなりましたが、私が書いた原稿で一番多いのは「大人の名古屋」だと思います。
紙媒体が減っている中でも、この雑誌だけは定期的に出ています。
リサーチもとても丁寧にやっていますし、ベテランのスタッフが作っていて、特にカメラマンはある程度の実力がないと入れません。
ギャラは安いですが(苦笑)、今も「ああ、あれ載せてもらったよ」と言っていただけることもあり、勉強させてもらったお仕事のひとつです。
そして、15年くらい前になるでしょうか。
大人の名古屋の仕事で、私はあるイタリアンレストランにお邪魔しました。
取材もしっかり行い、原稿を上げてしばらくたった頃。
突然、そのオーナーさんが直接お電話をくださいました。
まだその雑誌での経歴が浅かったので「何かやらかしらのかしら…」と少々恐かったのですが、オーナーさんは「あなたの文章が気に入りました。うちのお店のサイトの文章を書き直してもらませんか」
と言ってくださったのです。
私がwebに文章を書いたのは、この時が最初です。
ホームページの制作会社さんはSEO対策(キーワードを設定して検索上位になるようにする)をしてくれます。
また、デザインも素晴らしいのですが、その分、文章は二の次になってしまいがちです。
雑誌の世界でも、ほとんどの取材先や広告主さんが写真を一番に見るので、これは仕方ないことだと思います。
でも「この店(や会社)が気に入ったから何かを頼みたい」と思った時、次に見るのは文章。
文章があまりにも稚拙だと「隣の店(や会社)とどこがどう違うの?」と、読者は困ってしまいます。
そのオーナーさんも同じお悩みを持っていらっしゃいました。
「制作会社さんはとてもよくやってくださったのだけど、文章がありきたりすぎて。
でも増田有香さんに取材してもらって、この人は文章を書くことが好きなんだなと思って、電話してみました」と。
今思い出しても、とても嬉しく、私の転機になった出来事だなと思います。
文章というのは、正直誰でも書けます。
昨日も、あるランチ会で「最近はSNSありきの起業だし、サイトも持っているので、文章が絶望的に下手な人は、あmりいない」とお伝えしたところです。
とはいえ、予算の都合で専任のライターに頼めないと、どうしてもありきたりになる。
おかしくないけれど、その店の特徴を伝えるものにはなっていないのです。
やはり、ちゃんと取材をして、そのお店や会社の奥にあるもの、底にあるものを引き出した上で、誰もがわかる文章にする必要があります。
「正確に日本語が書ける」というだけでは難しいんですよね。
では、ライティングにSEOは必要か?
この転機となった15年ほど前は「SEOのキーワードさえ入っていれば上位に上がるし、正直文章なんて形だけでいい」なんていう時代でした。
制作会社さんからも「キーワードをとにかく入れて」と言われました。
でもそうすると、誰が書いても同じ文章になってしまう…
すごく、自分自身も葛藤があり、これからはwebで書く世界になるだろうけど、そんなデータ的なことだけでいいの?
日本語の味わいとか行間から醸す空気感とか、もう要らないの?
もし、そんな世界になるのだったら、私は書くことを辞めよう。
そんな風に思いました。
正直、紙媒体もどんどん少なくなり、有能なのに辞めた先輩ライターもいました。
でも!
神は私を見捨てなかった。
もう5年くらい経つでしょうが、Googleにクロールという機能が入り「この文章を読んだことで、読者にどう利益があったか」というのを見てくれるようになったのです。
そして、キーワードが入っていても、文章そのものが不自然なのを見極めたり、キーワードを多用するあざといサイトを見抜けるようになりました。
さすが、Google。
ついに私たちの時代がやってきました。
その後、これをきっかけに、文章はライティング専門のライターにと言われるようになり、また盛り返しを見せました。
もちろん、SEO設定はとても大事です。
自分がお店を探しているのに、地名やジャンルが入っていなかったら、その店にたどり着けない。
Googleさんも「この役立たず!」とお怒りでしょう。
キーワード設定もしながら、文章の流れも整えることこそ、人間のできること。
とはいえ、AIでもある程度の文章が作成できているので、どうやって人間が立ち向かうのかというのが、今後のライターたちの課題なのかなと思います。
ちなみにそのレストランさんとは、今も細々とよい関係を築かせてもらっており、コロナ禍でもいろいろな挑戦を続け、ようやく日常に戻りつつあると伺ったところです。
オーナーさんには改めて感謝です。
そして、今後もますます需要が高まるような、クオリティの高いプロの文章を書いていこうと、これを書きながら改めて思っています。